コラム一覧へ戻る

Column

父 夏休みに東京に戻る 

2026/11/3

東京の実家に帰り、70歳中盤になった親父と久々に会話しました。
歳が歳だけに、会話はどうしても昔話が多くなります。
過去の話をしている時に思い出の場所の話になり夏休みの話になりました。

もうかれこれ30年以上前の記憶です。
当時、父が勤める会社の健康保険組合の保養所が新潟にあり、
決して裕福ではなかった我が家にとって、2泊3日の新潟旅行は、
年に一度の「大贅沢」であり、私の夏休みのハイライトでした。

しかし小3の夏、保養所を予約した直後に父の仕事が入ってしまいました。
なぜはっきり覚えているかというと夏休みの日記で父のことの詳細を書いたからです。

父「仕事も大事だが、家族旅行も譲れん!」

父と母がひそひそと作戦会議を重ねた末に出した結論は、驚くべきものでした。

①初日に家族を新潟へ送る 

②2日目の朝、新幹線で東京へ移動して仕事

③ 夜、また新幹線で新潟の保養所へ戻る

往復約700キロ。保養所2日目の朝、越後湯沢駅の新幹線ホームにて、スーツ姿の父は私たち家族に言い残しました。
 
父 「今日、お父さんは大事な仕事があるから、夕飯までには戻ってくる。いい子にしてるんだぞ」

母と姉と私に見守られながら新幹線に乗り込む父の背中は、小学生の私にはとてつもなく格好良く見えました。
翌日はアルプの里という公園でボブスレーしたり、母と姉と3人で遊んだのをよく覚えています。


私にとってわざわざ夏休み中に新幹線で仕事に向かう父が恰好よく見えていました。

そんな記憶をたどりつつ約30年後…
 
康嵩 「あのとき旅行先からわざわざ東京に戻ったのって、何か仕事で大きなミスでもして呼び出されたの?(笑)」

すると親父は、遠い目をしてこう答えました。
父「あーあったね。。。ヤスタカ、、、あれはね、違うんだよ、、、実は、、、」
と父が当時のことを思い出しながら話していました。

 
聞くところによると、親父は、ちょうど40歳になった時、勤めている会社にて課長に昇進したそうです。

そして、東京の本社で急遽、課長研修の招集がかかり、バカンスの中、
課長研修を受けるために東京に向かい、また新潟の保養所に戻ってきたそうです。

今は研修というのは当たり前ですが、今と30年前は研修の歴史も大きく時代が異なります。

遠い昔は企業研修(特に管理職)はかなり珍しいものでした。
また、研修の参加に給料を払うということも当時はあり得なく、
夏休みという時間を使って実施している企業も沢山ありました。

当時、親父も、課長(管理職)になることはとても名誉だったかもしれないし、
この研修は受けなければならない!と、休みを返上して、新幹線を使ってまで、
東京に向かっていたというエピソードでした。(もちろん自腹だったと思います)
私には旅行中に新幹線で東京に向かう父を見てかっこいいなと思いました。

そして、30年前に親父が受けてきた研修を、形を変えて、
今は私が実施しているという不思議な感覚になりました。

当たり前ですが当時、小学校3年生の私には将来こんな職業に就くとは思いもしませんでした。

当時は研修というのは仕事というか、使命というか、自分を磨くために一番大切な希少な存在であり、お金も、時間もかけて、家族を犠牲にしてでも本気で、取り組むくらいの価値であったかもしれません。

それが、いつの日から、様々な変遷を経て、沢山の研修機会が当たり前のように増えた世の中では、日常の業務が忙しくなり、優先順位が下がったり、やらなくてもいい、やってみ意味がない、という声も社内外で飛び交うようになったりもしています。
 
その中、こうしてお忙しい時間の合間をぬって、日々一生懸命参加される方を拝見すると、またはコンサルタントからそのような報告を受けると参加者に貴重なお時間を無駄にはしたくないと襟を正す思いがこみ上げます。


最後に少しだけ、研修の歴史も触れていきたいと思います。


■1950年代~戦後高度成長期
教育というのは、技能教育が中心でした。
今みたいに高度な機械が無いわけですから、同じ作業ができる人を
たくさん量産して、誰でも同じことができる人材育成を均等に
実施していくことが求められました。how がメインの研修が主流でした。

■1960年代~
それが時代を経て、企業は大きくなり、より量、より質、や運営が求められるようになり、ピラミッドの中でどう生産性を上げていくか、人に適材適所を与えていくか
という教育に変わってきました。これはある部署が得意分野を見つけると
とことん組織内でその能力を磨こうという教育です。
要は組織の中で人を動かすカリスマ指導者をヒエラルキーで作って行けば良いのです。
ある意味組織内教育は効率的、かつ効果的でとても生産性が上がりました。
この時が日本が最も急成長したタイミングかなと思われます。

■1980年代~ちょうど私の父親くらいの団塊の世代から、
労働法の改正や男女雇用機会均等法などが成立され、女性や新入社員の採用や
雇用を約束する終身雇用の時代がやってきました。
実は生産性向上を第一に謳う企業にとってこの法律によるメリットはありませんでした。
より幅の広い採用と雇用を実施していく一方で、カリスマ指導者を中心としたヒエラルキーから余剰人員が生まれ、赤字部門を切り捨てるということも行われ、
さらに企業は経営のスリム化というのも求められ、組織に合わない人、
能力が追いつかない人はどんどん会社の隅っこに追いやられていきました。
「窓際族」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?
そのため、企業ではそのような人物を作らないようにすることを目的に、
中堅、管理職にも一律に研修を実施して、どこに異動しても活躍できる人材を育てる
ということを目的とした階層別の研修ができました。
でも、企業側の本音は【きちんと働いて成果だけ上げられる人が残れば良い】
というのが本音だったかもしれません。。。
 
■1995~2003年
バブルが崩壊して、不景気に陥り、物理的な支払い不可なども起こりはじめ、
様々な企業間で年功序列や終身雇用が否定され始める時代がやってきました。
階層別の考えが薄れはじめ、研修コストも一律カットする企業も増えたのもこの時代です。
この時に3Kと言われるものを一律カットに走りました。【交際費・開発費・研修費】です。
特に、研修費は3つの中でも真っ先のカット候補になり、より低予算でできる何か、、、ということで、その人に合わせて選択して受けることができる選択型のスタイルが増えてきました。

■2004年~
経済がITに傾きはじめ、究極に加速し、グローバル化、が起こる一方で、
バブル崩壊の余派による氷河期なども経たこと、さらに日本の少子化問題などが加速することから、よりスリムで質の高い教育が求められるようになり始めました。
そしてそれらの問題を危惧して、様々な企業ではリーダー向けの研修や理念浸透系、
同じテーマが連動する階層別研修が求められるようになりました。
※概ね現代における研修の基礎ができあがったのは、2004年です。

■現在
そして、昨年は人的資本元年と言われていますが、現在では、働き方改革が走りはじめ、より帰属意識の醸成を持たせる研修、個のキャリアに絞った研修が流行はじめてきました。

こうしてみると、確かに父親が受けた時から30~40年間でも大きく研修のスタイルや求められることは変わってきています。
  
なので、研修に対する優先順位などが変化するのも致し方ないのかなとも思っています。

このように研修一つをとっても時代の変化は激しいです。
参加される方の目的も意識もことなります。

とはいえ、教育担当者としてできることは、そういった時代背景や価値観にどう気づき何を伝え、気づかせるかという過程になります。

ですので、今はこれだけ時代が異なるわけですから、現場の問題をしっかりと把握して私たち教育に携わるメンバーで今の受講者に合わせた研修内容に可変させていくこと求められています。
 

 
さて・・・どうしても気になる質問がありました。
 
 
私「父さんが言ってた、30年前の課長研修ってどんな内容だったの?何を学んだの?」

父親「覚えてるわけないだろ!(笑)」

当たり前でしたね(笑)

コラム一覧を見る